日本の絶滅危惧種ガイド

絶滅危惧種の「種の保存」とは?遺伝子レベルで守る取り組み

Tags: 種の保存, 遺伝子保全, 動物園, 植物園, 生息域外保全, レッドリスト

「種の保存」の基本的な考え方

日本の多くの絶滅危惧種に関する記事では、生息地を守ること、つまり「生息域内保全(In-situ conservation)」の重要性がしばしば語られます。これは、生物が本来暮らしている場所で、その生物と環境を一緒に保全するという考え方です。しかし、時には生息地の破壊が進みすぎたり、外来種の影響が深刻だったりして、生息地だけでの保全が困難になる場合があります。

このような状況で重要になるのが、「種の保存」という考え方です。これは、絶滅の危機にある生物を、生息地での保全に加えて、あるいはそれとは別に、多様な方法で守り、将来にわたって存続できるようにする取り組み全般を指します。

特に、生物の「遺伝子多様性」を保全することが非常に重要です。遺伝子多様性とは、同じ種の中に存在する遺伝子のバリエーションの豊かさのことです。多様な遺伝子を持つ集団は、環境の変化や病気などに対して適応しやすく、種の存続にとって有利になります。遺伝子多様性が失われると、病気に弱くなったり、子孫を残しにくくなったりする「近親交配の弊害」が起こりやすくなります。

生息域外保全:生息地外で命を守る

「種の保存」の中でも、生息地以外で行われる保全活動を「生息域外保全(Ex-situ conservation)」と呼びます。これには、動物園や植物園での飼育・栽培、水族館での展示・繁殖、そして遺伝子バンクでの保存などが含まれます。

動物園・植物園の役割

動物園や植物園は、単に珍しい生き物を展示するだけでなく、生息域外保全の重要な拠点となっています。絶滅危惧種については、以下のような取り組みが行われています。

遺伝子バンクでの保存

生物のゲノムDNA、精子、卵子、受精卵、種子、組織などを、液体窒素などで凍結して長期保存する施設を「遺伝子バンク」と呼びます。これにより、その生物の遺伝情報を未来永劫にわたって保存することが可能になります。たとえ野生の個体や飼育・栽培している個体がいなくなってしまっても、将来技術が進歩すれば、遺伝子バンクに保存された情報から生物を再生できる可能性があります。これは、生物が持つ遺伝子の多様性を維持する上で非常に重要な手段です。写真1は、遺伝子バンクに保管されている種子のサンプルです。

遺伝子保全の重要性と課題

遺伝子多様性を守ることは、種の長期的な生存のために不可欠です。例えば、ある病気が流行した場合、遺伝的に多様な集団の中には、その病気に対する耐性を持つ個体がいる可能性が高まります。しかし、遺伝的多様性が低い集団では、病気が蔓延して壊滅的な打撃を受けるリスクが高まります。

生息域外保全や遺伝子バンクは、遺伝的多様性を維持するための有効な手段ですが、課題もあります。飼育や栽培にはコストがかかり、限られたスペースしかありません。また、野生とは異なる環境で長く過ごした個体を野生に戻すには、多くの困難が伴います。さらに、どこまで人間が生物の遺伝情報に介入すべきかといった倫理的な問題についても議論が必要です。

まとめ

絶滅危惧種の「種の保存」は、生息地を守るだけでなく、生息地外での繁殖や遺伝情報の保存といった多様なアプローチを組み合わせることで成り立っています。特に、動物園や植物園、遺伝子バンクなどが果たす「生息域外保全」の役割は、生物の遺伝子多様性を維持し、未来へ命をつなぐための重要な取り組みです。これらの活動は、多くの研究者、技術者、そして市民の理解と協力によって支えられています。絶滅の危機にある生物を次世代に残すためには、私たち一人ひとりがこの問題に関心を持ち続けることが大切です。