日本の絶滅危惧種はどう決まる?レッドリスト登録のプロセス
絶滅危惧種リスト(レッドリスト)とは何か
日本の生き物たちがどのような状況にあるのかを示す重要な情報源として、環境省が作成している「レッドリスト」があります。これは、日本国内に生息または生育する野生生物の中から、絶滅のおそれのある種をリストアップしたものです。メディアなどで「絶滅危惧種」という言葉を聞くことがあると思いますが、このレッドリストに掲載されている種が一般的に絶滅危惧種と呼ばれています。
このレッドリストは、単に生き物の名前を並べたものではありません。それぞれの種が現在どの程度絶滅の危機に瀕しているかを科学的に評価し、分類したものです。では、このレッドリストは、一体どのようにして作られているのでしょうか。どのような生き物が、どのようにして「絶滅危惧種」と判定されるのか、そのプロセスを解説します。
レッドリスト作成の第一歩:情報収集と調査
レッドリストを作成するための最初にして最も重要なステップは、対象となる野生生物に関する正確な情報を集めることです。これには、以下のような様々な情報源からのデータが用いられます。
- 過去および現在の生息状況に関するデータ: 特定の種が過去にどの地域に生息していたか、現在どこに、どれくらいの数がいるかといった情報です。学術的な文献、博物館の標本データ、専門家や研究機関による長期的なモニタリング調査の結果などが活用されます。
- 個体数の変化に関するデータ: 特定の期間にわたって個体数がどのように増減しているかというトレンドは、その種が置かれている状況を判断する上で非常に重要です。
- 生息環境の変化に関するデータ: 生息地が開発によって失われたり、質が悪化したりしているかどうか、気候変動の影響を受けていないかといった情報も収集されます。
- その他の脅威に関する情報: 外来種による捕食や競争、病気、過剰な捕獲や採取、化学物質による汚染など、その種の生存を脅かす要因に関する情報も集められます。
これらの情報は、大学や研究機関の専門家、NPO、さらには一般市民からの報告(市民科学)など、様々な主体によって収集されます。収集された情報は、信頼性を確認した上で、次のステップである評価・判定に用いられます。
科学的な評価と判定プロセス
集められた情報に基づいて、それぞれの種が絶滅の危機にどの程度あるのかを科学的に評価し、どのカテゴリーに該当するかを判定します。このプロセスは、環境省の委託を受けた専門家で構成される検討会によって行われます。
評価にあたっては、主に以下の点に注目します。
- 個体数の規模と傾向: 個体数が極端に少ない、あるいは急速に減少している種は、絶滅の危険が高いと判断されます。
- 分布域の規模と断片化: 限られた狭い範囲にしか生息していない、あるいは生息地が細かく分断されてしまっている種も、絶滅の危険が高まります。
- 絶滅の確率の分析: 利用可能なデータを用いて、将来的に絶滅してしまう確率を統計的に分析することもあります。
これらの評価は、国際自然保護連合(IUCN)が定めたレッドリストのカテゴリー分けと評価基準を参考に、日本の状況に合わせて行われます。環境省レッドリストの主なカテゴリーには、以下のようなものがあります。
- 絶滅危惧I類 (CR+EN): ごく近い将来における野生での絶滅の可能性が極めて高いもの。その中でもさらに「IA類 (CR)」と「IB類 (EN)」に細分されます。
- 絶滅危惧IA類 (CR: Critically Endangered): ごく近い将来、野生での絶滅の可能性が極めて高い種。
- 絶滅危惧IB類 (EN: Endangered): IA類ほどではないが、近い将来、野生での絶滅の可能性が高い種。
- 絶滅危惧II類 (VU: Vulnerable): 絶滅危惧I類ほどではないが、現在の状態が続けば将来的に絶滅の危険性が高まるもの。
- 準絶滅危惧 (NT: Near Threatened): 絶滅危惧種ではないものの、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性のあるもの。
- 情報不足 (DD: Data Deficient): 評価に必要な情報が不足しているもの。
- 絶滅 (EX: Extinct): 日本国内ではすでに絶滅したと考えられるもの。
- 野生絶滅 (EW: Extinct in the Wild): 飼育・栽培下や自然分布域以外では存続しているが、日本国内ではすでに野生では絶滅したと考えられるもの。
専門家は、収集されたデータを基に、これらのカテゴリーの定義に照らし合わせて、各生物種がどのカテゴリーに該当するかを慎重に判定していきます。
レッドリストの完成と活用
専門家による評価・判定を経て、レッドリストの案が作成されます。この案は、広く国民からの意見(パブリックコメント)を求める期間を設けることもあります。寄せられた意見も参考にしながら、最終的なレッドリストが完成し、環境省から公表されます。
レッドリストは、それ自体に法的な強制力があるわけではありませんが、日本の野生生物の現状を示す最も基本的な情報として、様々な場面で活用されます。
- 保護対策の優先順位付け: 限られた資源の中で、どの種や地域から優先的に保護対策を進めるべきかを判断する際の重要な根拠となります。
- 「種の保存法」に基づく指定: レッドリストに掲載された種の中から、特に保護の必要性が高い種が「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」に基づく国内希少野生動植物種などに指定され、法的な保護措置が講じられます。
- 環境アセスメント: 開発事業などが自然環境に与える影響を評価する環境アセスメントにおいて、レッドリスト掲載種の生息状況が考慮されます。
- 普及啓発: 一般の人々や子どもたちが、日本の自然環境や生物多様性の現状を理解するための教育資料としても活用されます。
レッドリストは一度作られたら終わりではなく、生物の生息状況は常に変化するため、概ね5年ごとに見直しが行われ、改訂されます。
まとめ
日本の絶滅危惧種リスト(レッドリスト)は、多くの専門家が長年にわたって収集・蓄積してきた膨大な情報と、科学的な評価基準に基づいて作成されています。これは、単に危ない生き物を知るためだけでなく、日本の豊かな生物多様性を未来に引き継いでいくための、非常に重要な「羅針盤」の役割を果たしています。
レッドリストに掲載されている生き物たちに目を向けることは、私たちの身近な自然や、地球全体の環境問題について考えるきっかけとなるはずです。このリストが、私たち一人ひとりができること、考えるべきことを見つけるための一助となれば幸いです。