日本の絶滅危惧種が減ると何が起きる?生物多様性と生態系への影響
絶滅危惧種が増えるということ
近年、日本国内においても絶滅の危機に瀕している野生生物が増加しています。環境省が作成するレッドリストには、多くの希少な生き物が掲載されています。特定の生物が姿を消す、あるいは数が極端に少なくなることは、単にその生物がいなくなるというだけにとどまらない、より広範な影響を自然環境全体に及ぼす可能性があります。
絶滅危惧種の問題を理解する上で鍵となるのが、「生物多様性」と「生態系サービス」という二つの考え方です。
生物多様性とは何か
生物多様性とは、地球上に存在する生物の豊かさ、つまり様々な生き物がいること、それぞれの生き物が持つ多様な性質(遺伝子)、そしてそれらが織りなす多様なつながり(生態系)のことを指します。具体的には、以下の三つのレベルで捉えられます。
- 種の多様性: 様々な種類の生物がいること。例えば、たくさんの種類の鳥や魚、植物、昆虫などが存在する状態です。
- 遺伝的多様性: 同じ種類の生物の中でも、個体ごとに少しずつ異なる性質を持っていること。病気や環境の変化に対応できる可能性を高めます。
- 生態系の多様性: 生物が暮らす様々な環境(森林、川、海、湿地、干潟など)があること、そしてそれぞれの環境に固有の生物群集が成立している状態です。
この生物多様性が豊かなほど、自然環境は安定し、様々な変化に対応する力が強くなります。
絶滅が生物多様性に与える影響
特定の生物種が絶滅することは、生物多様性の根幹である「種の多様性」を直接的に減少させます。しかし、影響はそれだけではありません。
例えば、ある植物の受粉を特定の昆虫だけが行っている場合、その昆虫が絶滅すると、植物も種子を残せなくなり、やがて絶滅してしまう可能性があります。これは、生物間の「共生関係」や「食物連鎖」のつながりが断ち切られるためです。
多くの生物は、他の生物と食べたり食べられたり、助け合ったり競争したりしながら生きています。この複雑な関係(食物網とも呼ばれます。図1のようなイメージです)の一部である特定の種が失われると、その影響は食物網を伝って他の多くの種に及び、全体のバランスを崩すことがあります。
また、特定の種の絶滅は、その種が持っていた独自の遺伝情報も失うことを意味します。これは、長期的に見て生物全体の遺伝的多様性を低下させることにつながり、将来的な環境変化への適応能力を弱める可能性があります。
絶滅が生態系サービスに与える影響
自然環境は、私たち人間を含む全ての生き物に対して、様々な恵みやサービスを提供しています。これを「生態系サービス」と呼びます。生態系サービスには、以下のような例があります。
- 供給サービス: 食料(魚、農作物など)、水、木材、医薬品の原料などを供給するサービス。
- 調整サービス: 気候の安定化、洪水の抑制、水質浄化、病害虫の抑制、受粉などのサービス。
- 文化的サービス: 自然景観、レクリエーション、文化的な伝統、教育、研究などに利用されるサービス。
- 基盤サービス: 土壌形成、光合成による酸素供給、栄養塩の循環など、他のサービスを支える基本的なプロセス。
絶滅によって特定の生物種が失われたり、生態系のバランスが崩れたりすると、これらの生態系サービスが低下したり、全く受けられなくなったりする可能性があります。
具体的な例をいくつか挙げます。
- 受粉昆虫の減少: 多くの農作物は、ハチなどの昆虫による受粉が必要です。特定の送粉昆虫が絶滅すると、農作物の収穫量が減少する可能性があります。
- 森林の機能低下: 様々な種類の樹木や微生物、動物が暮らす豊かな森林は、土砂崩れを防いだり、きれいな水を作り出したりする重要な役割(水源涵養機能)を果たします。特定の樹種や菌類などが減少すると、これらの機能が低下し、災害リスクの増加や水不足につながることがあります。
- 漁業資源への影響: 特定の魚種やそれを餌とする生物、あるいは魚が産卵場所とする藻場などが減少すると、漁獲量が減少したり、漁業全体が成り立たなくなったりすることがあります。
このように、絶滅は単に珍しい生物がいなくなるという感傷的な問題ではなく、私たちの食料、水、災害防止など、生活の基盤に直接関わる現実的な問題なのです。
まとめ
日本の絶滅危惧種が増加している現状は、生物多様性の喪失が進んでいることを示しています。生物多様性の低下は、生態系が持つ複雑なつながりを弱め、土砂崩れを防ぐ、水をきれいにする、農作物の受粉を助けるといった、私たちが日々の生活で恩恵を受けている「生態系サービス」を損なうことにつながります。
絶滅危惧種を守ることは、その特定の種を保護するだけでなく、生態系全体の健康を保ち、私たち人間を含む全ての生き物にとって暮らしやすい環境を守ることに他なりません。日本の豊かな自然を守り、将来に引き継ぐためには、絶滅危惧種の問題に関心を持ち続け、どのような行動が私たちにできるのかを考えることが重要です。