日本の絶滅危惧種ガイド

日本の絶滅危惧な昆虫たち:小さな命に何が起きているのか

Tags: 絶滅危惧種, 昆虫, 生物多様性, レッドリスト, 生息地保全

日本の多様な昆虫と絶滅の現状

日本には非常に多くの種類の昆虫が生息しています。私たちの身近なチョウやカブトムシから、専門家でなければ出会うことの難しい珍しい種まで、その種類は確認されているだけで3万種を超え、未発見の種を含めるとさらに多いと考えられています。昆虫は、植物の受粉を助けたり、他の生き物の餌になったり、枯れた植物や動物の死骸を分解したりと、生態系の中で非常に重要な役割を担っています。小さな体ながら、生物多様性を支える上で欠かせない存在と言えます。

しかし、この多様な昆虫たちも、今、絶滅の危機に瀕しています。環境省が作成している日本の絶滅のおそれのある野生生物の種のリストである「レッドリスト」には、多くの昆虫が掲載されています。2020年に改訂されたレッドリストでは、日本の昆虫類のうち、およそ4,100種が絶滅のおそれのある種として評価されています。これは、評価対象となった昆虫全体の約2割に相当する数です。

レッドリストに掲載されている日本の絶滅危惧昆虫

レッドリストでは、種の絶滅の危険度に応じていくつかのカテゴリーに分類されます。例えば、「絶滅危惧ⅠA類(CR)」はごく近い将来に野生での絶滅の可能性が極めて高いもの、「絶滅危惧ⅠB類(EN)」はⅠA類ほどではないものの、近い将来に野生での絶滅の可能性が高いものとされています。昆虫類でも、こうした深刻な状況にある種が多数含まれています。

具体的な例をいくつかご紹介します。

これらの他にも、特定の環境(例えば、特定の種類の樹木の幹、清らかな渓流、海岸線の砂地など)にしか生息できない、あるいは特定の植物しか食べないといった、生態的に特殊な昆虫が多く絶滅の危機に直面しています。

昆虫が絶滅の危機に瀕する主な原因

なぜ、これほど多くの昆虫が絶滅の危機に瀕しているのでしょうか。原因は一つだけではなく、様々な要因が複合的に影響しています。

最も大きな原因の一つは、生息地の破壊や劣化です。都市開発や農地の区画整理、森林伐採などによって、昆虫が暮らす草原、森林、湿地、水辺といった環境が失われたり、分断されたりしています。例えば、多くの昆虫が利用する里山(人々の暮らしと結びついた二次林、農地、ため池などが一体となった地域)は、かつては適度な手入れによって多様な環境が維持されていましたが、人々の生活様式の変化により管理が行われなくなり、昆虫の生息に適さない環境に変化している場所があります。

また、農薬や化学物質の使用も多くの昆虫に影響を与えています。直接的な殺虫効果はもちろんのこと、食物連鎖を通じて生態系全体に影響を及ぼすことがあります。

気候変動も脅威です。気温や降水量の変化、異常気象の増加は、昆虫のライフサイクルや生息環境に影響を与え、特定の環境でなければ生きられない種の生存を困難にしています。

さらに、外来種の問題もあります。もともとその地域にいなかった外来の生物が侵入し、日本の昆虫を捕食したり、競争したり、病気を持ち込んだりすることで、在来の昆虫を危機に追いやることがあります。

その他、夜間の照明が増えることによる光害が、夜行性の昆虫の行動や繁殖に影響を与えている可能性も指摘されています。

絶滅の危機から昆虫を守るための取り組み

日本の絶滅危惧昆虫を守るためには、様々なレベルでの取り組みが進められています。

国や自治体、研究機関、NPOなどが連携し、生息地の保全や再生が行われています。例えば、荒廃した里山を整備し、かつてそこに見られた多様な環境(草地、湿地、ため池など)を取り戻す活動や、開発計画において希少種の生息地に配慮する取り組みなどがあります。

特定の危機的な状況にある種については、種の保存に向けた取り組みも行われています。限られた個体を人工的に飼育・繁殖させ、将来的に元の生息地に戻す「域外保全」と呼ばれる活動などが実施されています。

また、昆虫は非常に種類が多く、その生態も多様であるため、正確な状況を把握するための調査・研究も不可欠です。どのような場所に、どのような昆虫が生息しているのか、何が原因で数を減らしているのかといった情報が、効果的な保護活動を行う上で重要となります。

私たち一人ひとりができることもあります。例えば、身近な場所で昆虫が暮らしやすい環境を作る(庭に植物を植える、農薬の使用を控えるなど)、地域の自然保護活動に参加する、絶滅危惧種や生物多様性について学ぶことなどが挙げられます。図1は、身近な環境に昆虫が寄り付きやすい植物の例を示しています。

まとめ:小さな命を守る意義

日本の絶滅危惧昆虫の現状は、私たちの身近な自然環境で静かに進んでいる変化を示しています。昆虫は目立たない存在かもしれませんが、その多様性が失われることは、生態系全体のバランスを崩し、巡り巡って私たちの暮らしにも影響を与える可能性があります。

昆虫の命を守ることは、単に特定の種を救うだけでなく、私たちが豊かな自然の中で生き続けるためにも大切な取り組みです。この小さな生き物たちの現状を知り、生物多様性の保全に関心を持つことが、未来の自然を守る第一歩となります。