日本の絶滅危惧種と観光:負の側面と保護につながる可能性
日本は豊かな自然環境を持ち、多くの固有種を含む様々な生物が生息しています。これらの生物の中には、絶滅の危機に瀕している種も少なくありません。一方、日本は国内外から多くの観光客が訪れる観光立国でもあります。観光は地域経済を活性化させる重要な産業ですが、その活動が絶滅危惧種を含む自然環境に影響を与えることがあります。
このセクションでは、観光が日本の絶滅危惧種に与える可能性のある負の影響と、適切に行われることで絶滅危惧種の保護につながる可能性について解説します。
観光が絶滅危惧種に与える負の影響
観光活動は、様々な形で絶滅危惧種の生存を脅かす可能性があります。主な影響として、以下のような点が挙げられます。
生息地の破壊と改変
観光施設(ホテル、リゾート、スキー場など)の建設、道路や駐車場の整備といった観光開発は、絶滅危惧種が生活する場所(生息地)を直接的に破壊したり、分断したりすることがあります。また、多くの観光客が立ち入ることで、植生が踏み荒らされたり、土壌が流出したりすることもあります。特に、特定の場所にしか生息しない固有種や、限られた環境で生きる絶滅危惧種にとっては、生息地の喪失や質の低下は生存に直結する深刻な問題となります。
生物への直接的なストレス
観光客の接近、騒音、光、無許可での餌やりなどは、野生生物に不要なストレスを与える可能性があります。特に繁殖期や子育て中の生物にとって、このような干渉は行動の変化を引き起こし、繁殖の失敗や衰弱につながることがあります。写真撮影のために過度に接近したり、ドローンを飛ばしたりする行為も、生物にとっては大きな脅威となり得ます。
違法な捕獲や採取
希少な生物や植物が、お土産目的やコレクション目的、あるいはペットとして飼育するために違法に捕獲・採取されるケースがあります。観光客自身が認識なく関与してしまうこともあれば、観光客が集まる場所でそのような違法行為が行われやすくなるという側面もあります。絶滅危惧種は個体数が少ないため、少数の捕獲であっても集団に深刻な影響を与える可能性があります。
環境汚染の拡大
観光地では、大量のゴミが発生したり、生活排水やレジャーに伴う排水が増加したりすることがあります。これらが適切に処理されない場合、河川、湖沼、海洋といった水域や土壌が汚染され、そこに生息する絶滅危惧種に悪影響を及ぼします。また、観光客の移動に伴う自動車の排気ガスなども、大気汚染や騒音として周辺環境に影響を与えることがあります。
外来種の持ち込みリスク
観光客が意図せず、あるいは意図的に、その地域本来の生態系にいなかった生物(外来種)を持ち込んでしまうリスクがあります。観光客の衣服や靴に付着した植物の種子、ペットとして持ち込まれた生物の逸出など、様々な経路が考えられます。侵入した外来種が絶滅危惧種を捕食したり、餌や生息地を奪ったり、病気を持ち込んだりすることで、絶滅の危機をさらに高めることがあります。
保護につながる観光の可能性:エコツーリズムなど
一方で、観光が絶滅危惧種の保護に貢献する可能性も存在します。適切に計画・実施される観光は、環境保全や地域社会の持続可能な発展に寄与することが期待されます。
エコツーリズムによる貢献
エコツーリズムは、「自然環境や歴史文化を対象とし、それらの理解を深め、保全に貢献し、地域社会の活性化にもつながる持続可能な観光」と定義されています。エコツーリズムでは、以下のような形で絶滅危惧種の保護に貢献します。
- 保全資金の創出: ツアーの参加費の一部が保護活動の資金に充てられたり、国立公園などの入場料が環境保全に使われたりする仕組みがあります。
- 環境教育と啓発: ガイドによる解説などを通じて、参加者はその地域の自然環境や絶滅危惧種についての理解を深めます。これにより、環境問題への関心が高まり、旅行後も環境保全につながる行動を意識するようになることが期待されます。
- 地域住民の保護意識向上: 地域の自然環境が観光資源となることで、住民は自分たちの地域の希少な生物や自然を守ることの重要性を再認識します。エコツーリズムが地域経済に貢献することで、保護活動への協力や参加が進むこともあります。
- 密猟・違法採取の抑止: 定期的に人が訪れることで、違法な捕獲や採取が行われにくくなる場合もあります。
例えば、特定の絶滅危惧種が生息する地域で、観察ルールを厳格に定めた上でのガイド付きツアーを実施し、その収益を保護活動に還元する取り組みなどが行われています。生物を「見られること」が地域の経済的な価値につながることで、地域全体でその生物を守ろうという意識が高まる効果も期待できます。
持続可能な観光への転換
単なる自然観光にとどまらず、地域全体で環境や文化に配慮した「持続可能な観光」を推進することも重要です。環境負荷を低減する宿泊施設の利用、地産地消の推進、地域文化の尊重など、観光に関わるあらゆる側面で配慮を徹底することで、間接的に絶滅危惧種の生息環境保全につながります。
今後の展望
観光は絶滅危惧種にとって脅威となり得る一方で、保護のための重要なツールともなり得ます。今後、増加する観光客への対応と絶滅危惧種の保全を両立させるためには、観光事業者、地域住民、行政、そして私たち観光客一人ひとりが、その責任を認識し、協力していくことが不可欠です。
旅先で自然を楽しむ際には、その地域のルールを守り、生物に配慮した行動を心がけることが大切です。ゴミを持ち帰る、指定された場所以外に立ち入らない、野生生物に餌を与えないといった基本的な行動一つ一つが、絶滅危惧種を守るための小さな一歩となります。
絶滅危惧種が安心して暮らせる環境を守りながら、私たちがその自然の恩恵を享受し続けるためには、より意識的な観光のあり方が求められています。