日本の絶滅危惧種を守る取り組み:生息地保全から繁殖まで
なぜ保護活動が必要なのか
日本には多くの貴重な野生生物が生息していますが、残念ながらその中には絶滅の危機に瀕している種が少なくありません。これらの生物を失うことは、単に特定の種がいなくなるということ以上の大きな影響をもたらします。
生物はそれぞれが複雑なつながりを持つ「生態系」の一員です。ある種が絶滅すると、その種を食料としていた生物や、その種に依存していた他の生物にも影響が及び、生態系全体のバランスが崩れる可能性があります。また、生物多様性、つまり様々な生物がいること自体が、生態系を安定させ、私たち人間にも多くの恵みをもたらしています。例えば、森林が水を蓄えたり、昆虫が作物の花粉を運んだりするのも、生物多様性のおかげです。
さらに、絶滅寸前の種は、医学や農学の分野で将来役立つ可能性のある遺伝資源を持っているかもしれません。また、生物の絶滅を防ぐことは、私たち人間の倫理的な責任であると考える人も多くいます。
このような理由から、絶滅の危機にある日本の野生生物を守るための様々な保護活動が行われています。
日本で行われている主な保護活動の種類
日本の絶滅危惧種を守るためには、様々なアプローチが組み合わせて行われています。主な活動は以下の通りです。
生息地・生育地の保全と回復
絶滅の最も大きな原因の一つは、開発などによる生息環境の悪化や減少です。そのため、生物が暮らす森や湿地、川、海岸などの場所そのものを守ることが、保護活動の基本となります。
具体的な活動としては、以下のようなものがあります。
- 保護区の設定: 国立公園、国定公園、鳥獣保護区など、法律に基づいて重要な地域を保護区に指定し、開発や人の立ち入りを制限します。
- 環境の改善: 荒れてしまった森に植樹したり、湿地に流れ込む水を調整したり、外来種を駆除したりして、生物が暮らしやすい環境を回復させます。図1は、ある絶滅危惧種が繁殖しやすいように整備された湿地の例です。
- 土地利用の規制: 生物の重要な生息地の近くでの大規模な開発を制限したり、自然に配慮した開発手法を導入したりします。
個体数の回復(保護増殖事業など)
生息地を守るだけでは個体数が回復しない場合や、個体数が極端に少なくなってしまった種に対しては、集中的に数を増やす取り組みが行われます。
- 域外保全と繁殖: 野生の状態ではない場所、例えば動物園や植物園、研究施設などで人工的に繁殖させ、数を増やします。写真はこの活動によって生まれたトキの雛です。
- 野生復帰(再導入・移送): 域外で増えた個体や、他の健全な地域から捕獲した個体を、かつての生息地や適した環境に放すことで、野生の個体群を復活させたり、新たな個体群を作ったりします。
- 保護増殖事業: 国や自治体、専門機関などが中心となり、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」に基づき、計画的に調査、生息地保全、個体数の回復などを一体的に進める取り組みです。
法規制と国際協力
絶滅危惧種やその生息地を法的に守ることも重要です。
- 国内法: 「種の保存法」では、希少な野生動植物を「国内希少野生動植物種」に指定し、捕獲や譲り渡しなどを原則禁止しています。また、保護増殖事業の実施についても定めています。「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護管理法)」では、鳥類や哺乳類の保護について定めています。
- 国際協力: 海外との取引が種の絶滅に繋がるのを防ぐため、「ワシントン条約(CITES)」のような国際的な条約に参加し、国際的な取引を規制しています。
調査・研究
効果的な保護活動を行うためには、対象となる生物がどれくらいいるのか、どこにいるのか、なぜ減っているのか、どうすれば回復するのかといった科学的な情報が不可欠です。生態や生息環境の調査、遺伝子の研究などが継続的に行われています。これらの研究成果は、環境省のレッドリストの改訂や、保護計画の策定に活かされています。
普及啓発と教育
絶滅危惧種問題は、一部の専門家だけでなく、社会全体で取り組む必要があります。多くの人々に現状を知ってもらい、理解や協力を求めるための普及啓発活動や、未来を担う世代への環境教育も重要な保護活動の一つです。イベント開催やウェブサイトでの情報発信など、様々な形で行われています。
具体的な活動事例
いくつかの具体的な保護活動の例を見てみましょう。
- トキの野生復帰: かつて日本中に生息していましたが、明治以降の乱獲や生息環境の悪化で激減し、一時日本産トキは絶滅しました。中国から贈られたトキを基に、佐渡島で人工繁殖と野生順化訓練を行い、2008年から野生への放鳥が始まりました。現在、佐渡島では野生のトキの個体群が回復しつつあります。同時に、トキが生息できる田んぼ(無農薬・減農薬の田んぼなど)を増やす取り組みも進められています。
- ツシマヤマネコの保護増殖事業: 長崎県の対馬にのみ生息する野生のネコです。交通事故、生息地の減少、外来種(ネコなど)との競争や病気などが原因で絶滅の危機にあります。環境省や関係機関は、ロードキル(交通事故死)対策としてアンダーパス(動物が道路の下を通る道)の設置や注意喚起を行ったり、福岡県の動物園などで繁殖させた個体を野生に戻す取り組みを進めたりしています。
保護活動の課題と今後の展望
絶滅危惧種を守る活動は、常に課題に直面しています。活動には多大な費用と人手が必要ですが、十分でない場合があります。また、開発との調整や、関係者間の合意形成に時間がかかることもあります。さらに、気候変動のように広範囲かつ長期的な影響をもたらす要因への対応も重要な課題となっています。
しかし、科学的な研究の進展や技術の向上、そして多くの人々の関心の高まりにより、保護活動は進歩しています。市民が保護活動に関わる機会も増えています。
まとめ
日本の絶滅危惧種を守るためには、単に特定の生物を保護するだけでなく、生息環境全体の保全、科学的な調査研究、法的な枠組み、そして社会全体の理解と協力が不可欠です。これらの多様な取り組みが連携して行われることで、貴重な日本の野生生物とその生息環境を未来に引き継ぐことが可能になります。