日本の絶滅危惧種を守る:生息地の回復と創出
生息地の回復と創出が絶滅危惧種を守るために必要な理由
生物の絶滅は、地球上の生命の歴史において常に起こりうる現象です。しかし、近年、そのペースが著しく速まっています。多くの研究者が、この速いペースでの生物多様性の減少に警鐘を鳴らしています。日本でも、多くの野生生物が絶滅の危機に瀕しており、環境省によって作成される「レッドリスト」に掲載されています。
生物が絶滅の危機に瀕する最も大きな原因の一つに、生息地の消失や劣化があります。開発による森林や湿地の破壊、農地の減少、河川改修による自然な流れの変化、海洋汚染など、人間の活動は多くの生物が生きていくための場所を奪っています。また、気候変動や外来種の問題も、既存の生息環境を変化させ、多くの生物を危機に追いやっています。
生息地が失われたり、質が悪くなったりすると、生物は餌を得たり、繁殖したりすることが難しくなり、個体数が減少し、やがて絶滅の危機に直面することになります。そのため、絶滅の危機に瀕している生物を守るためには、その生物が生きていくために必要な生息地そのものを保全することが極めて重要です。
生息地の保全は、残された貴重な自然環境をそのまま守ることですが、すでに劣化したり失われたりした場所については、それだけでは不十分な場合があります。そこで必要となるのが、「生息地の回復」や「生息地の創出」といった、より積極的なアプローチです。これらの取り組みは、失われた自然のつながりを取り戻し、絶滅の危機にある生物が再びそこで生きていけるようにすることを目指しています。この記事では、生息地の回復と創出について、その具体的な内容や意義をご紹介します。
劣化した生息地を再生する「回復」
生息地の「回復」(Rehabilitation)とは、人間の活動などによって質が低下した、あるいは一部が失われた生息地を、元の状態や、少なくとも生物が再び生きていける状態に戻す取り組みです。完全に元通りにすることは難しい場合もありますが、その場所で生態系が再び機能し、生物が利用できるようになることを目指します。
具体的な活動としては、以下のようなものがあります。
- 植生の回復: 開発で失われた森林や草原に、その地域本来の植物を植えたり、自然な回復を促したりします。荒れてしまった里山の植生を再生することも含まれます。
- 水環境の改善: 汚染された河川や湖沼の水質を浄化したり、コンクリートで固められた河川の護岸を自然な形に戻したり、干上がってしまった湿地に再び水を引いたりします。
- 土壌の改良: 鉱山跡地など、汚染されたり栄養が失われたりした土壌を改良し、植物が根を張りやすい環境を作ります。
- かく乱要因の除去: 外来種の駆除、過剰な捕獲圧の抑制、有害物質の撤去など、生息地の質を低下させている要因を取り除きます。
例えば、かつて豊かな湿地であった場所が、排水などによって乾燥化し、特定の水生生物や植物が姿を消してしまったとします。このような場所で、排水路を塞いで水を貯め、湿地本来の植生が回復するように、周辺から植物の種子や苗を導入するといった活動は、生息地の回復にあたります。回復した湿地には、再び多くの水生生物や鳥類が集まるようになり、失われていた生態系の一部が蘇ります。
新たな生息空間を作り出す「創出」
生息地の「創出」とは、これまで特定の生物の生息地ではなかった場所や、完全に失われてしまって回復が難しい場所において、その生物が生きていくための新たな環境を作り出す取り組みです。ゼロから生息地を作り出すイメージです。
具体的な活動としては、以下のようなものがあります。
- 人工湿地やため池の造成: 開発で失われた湿地の代替として、新たな湿地やため池を人工的に作り出すことで、そこに依存する生物の生息場所を提供します。
- ビオトープの設置: 学校の敷地や企業の緑地、公園などに、小さな池や草地、樹木などを組み合わせた「ビオトープ」(生物の生息空間)を設けることで、都市部などでも生物が暮らせる場所を作ります。放棄された水田をビオトープとして活用する取り組みも行われています。
- 緑の回廊(コリドー)の整備: 分断されてしまった森林や緑地の間を、植物を植えるなどして帯状につなげることで、生物が移動できるルートを作り、生息地の孤立を防ぎます。
- 人工巣や産卵場所の設置: 特定の鳥類の営巣場所となる人工的な巣箱を設置したり、魚類や両生類が産卵できるような場所を人工的に作ったりします。
例えば、メダカやゲンゴロウのような水生生物は、かつては水田やため池に広く生息していましたが、圃場整備や都市化によって多くの生息地を失いました。こうした生物のために、使われなくなった水田を改良してビオトープとして再生したり、公園にメダカが暮らせるような池を作ったりする取り組みは、生息地の創出と言えます。図1は、放棄水田を活用して創出されたビオトープの一例を示しています。このような場所は、メダカだけでなく、トンボやカエル、水生植物など、様々な生物が集まる場となります。
回復・創出活動の課題と展望
生息地の回復や創出は、絶滅の危機にある生物を救うための強力な手段ですが、簡単なことではありません。
まず、コストと時間がかかります。大規模な工事が必要な場合も多く、植物が成長し、生物が定着するまでには長い年月が必要です。また、技術的な課題もあります。どのような環境をどのように作り出せば、目的の生物が実際に利用してくれるのか、成功するためには専門的な知識と経験が求められます。
さらに重要なのは、回復・創出した生息地を長期的に維持・管理していくことです。一度作っただけでは、再び劣化してしまったり、外来種に侵入されたりする可能性があります。継続的なモニタリング(生物の状況や環境の変化を注意深く観察すること)と適切な管理作業が不可欠です。
これらの課題を乗り越えるためには、行政、研究機関、NPO、地域住民、企業など、様々な立場の人々が連携し、協力して取り組むことが重要です。特に、地域住民の方々の理解と協力は、長期的な活動を行う上で欠かせません。写真はそのような地域での連携活動の一コマです。
また、科学技術の進歩も生息地の回復・創出を後押ししています。例えば、GIS(地理情報システム)を使って生息地の適性を分析したり、ドローンで広範囲の植生を調査したり、遺伝子解析技術で生物の移動状況を把握したりと、様々な技術が活用されています。
生息地の回復・創出は、絶滅の危機にある生物を救うだけでなく、私たち自身の生活環境を豊かにすることにもつながります。例えば、回復された湿地は洪水を防ぐ役割を果たしたり、都市のビオトープはヒートアイランド現象の緩和に貢献したりします。また、身近な場所で多様な生物と触れ合う機会は、私たちに自然の価値を再認識させてくれます。
まとめ
日本の絶滅危惧種を守るためには、残された貴重な生息地を保全することに加え、失われたり劣化した生息地を「回復」させ、あるいは新たな生息空間を「創出」していくことが非常に重要です。これらの活動には多くの課題がありますが、多くの関係者の努力と連携によって、各地で着実に進められています。
生息地の回復・創出は、絶滅の危機にある生物に生きる場所を取り戻すだけでなく、生物多様性豊かな環境を未来世代に引き継ぐための希望となる取り組みです。この活動について理解を深め、私たち一人ひとりができることに関心を持つことが、絶滅危惧種を守るための一歩となります。