絶滅危惧種を脅かすもう一つの危機:密猟と違法取引
日本の絶滅危惧種が直面する様々な危機
日本の豊かな自然には、様々な生物が生息しています。しかし、開発による生息地の減少や分断、外来生物の影響、気候変動など、多くの要因によって絶滅の危機に瀕している生物が少なくありません。環境省がまとめたレッドリストには、こうした日本の絶滅危惧種がリストアップされ、その現状が示されています。
絶滅危惧種が直面する危機には、これまで解説してきたような環境の変化に加えて、もう一つ見過ごされがちな問題があります。それは、密猟や違法な採取、そしてそれらの生物や製品の違法な取引です。この問題は、絶滅の危機にある特定の種に大きな打撃を与え、保護活動を困難にしています。
密猟・違法取引とは何か?
密猟とは、法律や規制に違反して野生生物を捕獲したり採取したりする行為を指します。例えば、許可されていない場所や時期に捕獲したり、指定された捕獲方法や量を超えて捕獲したりすることが含まれます。違法取引とは、こうした密猟や違法な採取によって得られた生物や、それらを加工した製品(剥製、漢方薬、工芸品など)を、法律に違反して売買したり輸出入したりする行為です。
これらの行為は、単にルール違反であるだけでなく、希少な生物の個体数をさらに減少させ、種の存続を直接的に脅かす深刻な環境犯罪です。密猟や違法取引は、商業的な目的で行われることが多く、高値で取引される希少な生物がターゲットになりやすい傾向があります。目的としては、ペットとしての飼育、食用、薬用、コレクション、剥製や工芸品の材料などが挙げられます。
日本国内での密猟・違法取引の現状
日本国内でも、残念ながら密猟や違法取引の問題は発生しています。特に狙われやすいのは、固有種で希少価値が高い生物や、観賞用として人気のある生物、あるいは食用や薬用として利用される生物です。
例えば、オオサンショウウオのような国の特別天然記念物に指定されている生物が密猟されたり、希少なラン科植物や高山植物が山野から違法に採取されたりする事例が報告されています。また、インターネットの普及により、オンライン上で違法に採取された生物が売買されるケースも見られます。
海外から違法に輸入される野生生物の問題も重要です。国際的に希少な野生生物の取引を規制する「ワシントン条約」(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約:CITESとも呼ばれます)によって取引が制限されている生物が、偽りの申告をしたり、隠して持ち込まれたりするケースがあり、税関などで摘発が行われています。これらの生物の中には、日本の生態系に影響を与える可能性のある外来種が含まれることもあります。
密猟・違法取引がもたらす影響
密猟・違法取引は、対象となる生物の個体数を減少させるだけでなく、様々な負の影響をもたらします。
- 個体群の破壊: 希少な生物が大量に捕獲されることで、その種の繁殖に必要な個体数が維持できなくなり、絶滅へと追い込まれるリスクが高まります。
- 生態系のバランスへの影響: 特定の生物が失われることで、その生物と関わりを持っていた他の生物(捕食者、被食者、共生関係にある生物など)にも影響が及び、生態系全体のバランスが崩れる可能性があります。
- 病気の拡散リスク: 違法に取引される野生生物は、適切な検疫を受けていない場合が多く、人や家畜、他の野生生物に病原体を持ち込むリスクがあります。
- 組織犯罪との関連: 密猟や違法取引は、しばしば国際的な組織犯罪と関連しており、麻薬取引や武器密輸など、他の犯罪の資金源となる可能性も指摘されています。
密猟・違法取引への対抗策
密猟・違法取引に対抗するためには、国内外で様々な取り組みが進められています。
- 法規制の強化:
- 種の保存法(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律): 日本国内の絶滅危惧種(国内希少野生動植物種)や、ワシントン条約で保護されている種(国際希少野生動植物種)の捕獲、採取、譲渡、輸出入などを厳しく規制しています。
- ワシントン条約(CITES): 絶滅のおそれのある野生動植物の国際取引を規制し、条約の付属書に掲載された種の国際的な取引を管理または禁止しています。
- その他、鳥獣保護管理法や文化財保護法など、関連する法律によって野生生物の保護が行われています。
- 取り締まりと捜査: 警察、環境省、税関、海上保安庁などが連携し、密猟や違法取引の情報を収集し、摘発に向けた捜査を行っています。空港や港湾での水際対策も重要な役割を果たしています。
- 科学技術の活用: 押収された生物のDNA分析によって、その生物の出身地や密猟ルートを特定する手がかりが得られることがあります。また、衛星画像やAI技術を活用して密猟行為を監視する試みも進められています。
- 普及啓発と教育: 密猟・違法取引がもたらす深刻な問題について、広く人々に知らせ、違法な生物や製品を購入しないことの重要性を呼びかける活動が行われています。学校での環境教育や、関連機関のウェブサイトなどを通じた情報提供もその一環です。
- 国際協力: 野生生物の違法取引は国境を越えて行われるため、関係国間での情報共有や捜査協力といった国際的な連携が不可欠です。
まとめ:見えない脅威に対峙するために
密猟や違法取引は、開発や環境破壊といった目に見えやすい脅威とは異なり、人知れず日本の、そして世界の絶滅危惧種を追い詰めている問題です。この問題に対処するためには、法律による規制や取り締まりに加え、私たち一人ひとりが問題の存在を知り、違法な取引に関わる生物や製品を購入しないという意識を持つことが非常に重要です。
絶滅危惧種を守ることは、生物多様性を保全し、健全な生態系を未来世代に引き継ぐために不可欠です。密猟・違法取引という見えない脅威に対して、知識を深め、適切な行動をとることが、日本の希少な生き物たちの未来を守るための力となります。