里山の絶滅危惧種たち:身近な自然で起きていること
はじめに:里山とは何か、なぜ重要なのか
日本の美しい風景の一部として親しまれてきた里山は、人が自然と深く関わりながら育んできた独特の環境です。これは、原生的な自然林などとは異なり、農作業や林業といった人為的な働きかけによって維持されてきた二次的な自然環境にあたります。具体的には、田んぼや畑、ため池、そしてそれらを取り囲む雑木林などが組み合わさって構成されています。
里山は、単に農業や林業の場であるだけでなく、非常に豊かな生物多様性を育んでいます。様々な環境要素がモザイク状に存在することで、多くの種類の生き物がそれぞれの場所に適応して暮らしています。例えば、雑木林は燃料となる薪や落ち葉の供給源となり、それが土壌を豊かにし、多様な植物や昆虫を支えてきました。また、ため池や水路は、魚類や両生類、水生昆虫など多くの水辺の生き物にとって重要な生息地となります。
このように、里山は私たちの生活に必要な資源を提供してきただけでなく、多様な生物の宝庫としても機能してきました。しかし、近年、この里山の環境に大きな変化が起きており、そこで暮らす多くの生物が絶滅の危機に瀕しています。
里山の絶滅危惧種:現状と代表的な種
里山環境の変化により、多くの生物がその数を減らし、日本の絶滅危惧種リスト(レッドリスト)に掲載されるようになりました。里山に絶滅危惧種が多く存在する背景には、かつてのように人の手による適度な管理が行われなくなったことや、都市化などによる環境の消失があります。
里山で見られる代表的な絶滅危惧種には、以下のような生物がいます。
- ギフチョウ(昆虫類): 「春の女神」とも呼ばれる美しいチョウです。幼虫は特定の植物であるカンアオイ類を食草としており、この植物が生える明るい雑木林やその周辺環境が必要です。里山の管理放棄により雑木林が暗くなりすぎたり、カンアオイが失われたりすることで生息地が減少しています。
- ニホンメダカ(魚類): かつて日本の小川や水田で普通に見られた魚ですが、環境省のレッドリストでは絶滅危惧II類(VU)に分類されています。水路のコンクリート化や水田の減少、外来種であるカダヤシなどとの競合や捕食により生息地が失われています。
- モリアオガエル(両生類): 樹上の泡の巣に産卵することで知られるカエルです。水辺にせり出した木の枝などに産卵するため、森林と水辺が連続した環境が必要です。里山の雑木林やため池の環境悪化が影響しています。
- サシバ(鳥類): 夏鳥として日本に渡来し、里山の雑木林で繁殖するタカの仲間です。狩りの場となる開けた農地や草地、営巣場所となる雑木林といった里山の景観全体が必要です。これらの環境が失われたり質が低下したりすることで、生息数が減少しています。
これらの生物は、それぞれが里山の特定の環境要素に依存して生きています。里山全体の環境バランスが崩れることが、彼らを絶滅の危機に追い込んでいる主な要因と言えます。
里山の環境変化が絶滅を招く原因
里山の環境が変化し、多くの生物が危機に瀕している主な原因は複数あります。
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里地里山の管理放棄: かつては農閑期などに雑木林の下草刈りや間伐、ため池の泥上げ、水路の清掃などが定期的に行われていました。しかし、農業の衰退や高齢化、生活様式の変化などにより、こうした人の手による管理が行われなくなりました。管理されなくなった雑木林は密になりすぎ、生物多様性が失われます。ため池や水路も手入れされないと泥が溜まったり乾燥したりして、水辺の生物が生きられなくなります。
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開発と宅地化: 里山が農地や住宅地として開発されることで、里山環境そのものが失われてしまいます。これにより、そこに暮らしていた生物は生息地を追われることになります。
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外来種の影響: 人によって持ち込まれた外来種が、里山の生態系に悪影響を及ぼしています。例えば、ブラックバスやブルーギルなどの魚類がメダカや在来の水生生物を捕食したり、アライグマやタイワンリスなどが在来の鳥類などを捕食したりすることが問題となっています。
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農薬や化学物質の使用: 農地で使用される農薬や化学物質が、水路やため池に流れ出し、水生生物に影響を与えることがあります。また、昆虫類の減少にも繋がることが指摘されています。
これらの要因が複合的に作用し、里山の生物多様性を脅かしています。
里山を守るための保全活動
里山の絶滅危惧種を守るためには、里山環境そのものを保全・再生することが不可欠です。現在、様々な主体によって以下のような保全活動が行われています。
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伝統的な里山管理の復活: NPOや市民団体、地域住民が協力し、かつて行われていた雑木林の管理(下草刈り、間伐)や、ため池・水路の清掃・補修などを復活させる取り組みが行われています。これにより、明るく風通しの良い雑木林や、水質が保たれた水辺環境が再生され、そこに依存する生物が戻ってくることが期待されます。
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住民参加型の保全活動: 多くの地域で、自然観察会や里山保全ボランティア活動が実施されています。これにより、里山の現状や重要性に対する理解が深まり、地域全体で里山を守る意識が高まります。
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生物多様性保全を考慮した農業・林業: 農地の周辺にビオトープ(生物の生息空間)を設置したり、農薬の使用を減らしたりするような、生物に配慮した農業が広がりつつあります。林業においても、皆伐ではなく間伐を適切に行うなど、生物多様性に配慮した森林管理が進められています。
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教育・普及啓発: 学校教育や地域イベントを通じて、里山の価値やそこで起きている問題について多くの人に知ってもらう活動が行われています。
これらの保全活動は、行政、専門家、地域住民、NPO、企業など、様々な主体が連携して行うことが重要です。
まとめ:未来のために里山環境を守る
日本の里山は、長い歴史の中で人と自然が共に作り上げてきた貴重な環境です。そこには、私たちの生活を支える資源だけでなく、多様な生物の命が息づいています。しかし、社会の変化に伴い里山環境は大きく変化し、多くの固有の生物が絶滅の危機に瀕しています。
里山の絶滅危惧種を守ることは、単に特定の生物を保護するだけでなく、里山が持つ豊かな生物多様性、そしてそこから得られる様々な恵みを未来に引き継ぐことにつながります。里山の保全は、地域固有の自然環境や文化を守ることでもあります。
私たち一人ひとりが里山の重要性を理解し、保全活動に関心を持つこと、そして里山で育まれた産品を選ぶといった小さな行動の積み重ねが、里山の未来を守る力となります。身近な自然である里山に目を向け、そこで起きていることに意識を向けることが、絶滅の危機にある生物たちを救う第一歩となるでしょう。